1 名前:砂漠のマスカレード ★:2020/11/24(火) 07:41:24.43 ID:CAP_USER9.net
黄金時代の西武ナインから見た野村克也第5回 「愛憎」

【チームメイトから始まった野村克也と伊原春樹の関係】

新刊『詰むや、詰まざるや 森・西武vs野村・ヤクルトの2年間』(インプレス)の取材において、野村克也に対してハッキリと批判的な立場を表明したのが、西武の名参謀として名高い伊原春樹だった。

 1992(平成4)年、1993年は敵将の野村と相対し、2000年には阪神タイガースの「監督とコーチ」として同じユニフォームを着ることになった。伊原は自著『指導者は嫌われてこそ一人前』(ベースボール・マガジン社)で、野村に対して次のように記している。

――昔はあこがれていた。

 伊原と野村は1979(昭和54)年からの2年間、西武ライオンズの現役選手としてチームメイトになっており、1980年限りで共に現役を引退している。この頃は、伊原も野村も控え要員としてベンチを温めることが多かったが、常に野村の隣に座っていた伊原は、その野球哲学に一目置いていたという。

 そして時が流れ、1992年の日本シリーズで、野村はヤクルトの監督として、伊原は西武の守備・走塁コーチとして対峙することとなった。当時の野村は"ID(Import Data)野球"で注目を浴びていた頃だった。

「確かにあの頃はID野球が話題になっていたけど、ひも解いてみるとどうってことないんですよ。そんなことはどの球団でもスコアラーを中心にやっていること。それを野村監督自らあの口調でしゃべるから話題になっただけで、どこの球団も大差ないと思いますよ」

 2年にわたる西武とヤクルトの日本シリーズは、いずれも第7戦までもつれ込む大激戦となった。しかし、伊原はここまでの激戦になることは予想もしていなかったという。

「シリーズ前は、正直に言って『今年はヤクルトか、楽勝だな』というぐらいの気持ちでした。もちろん、指導者としてそんなことは口には出さないけれど、内心ではそう思っていました。でも、いきなり杉浦(享)の代打サヨナラ満塁ホームランが出て初戦を落として、『これはいかんな、なめたらいかんぞ。伊達にセ・リーグを制覇してきていないな』という気持ちになったんです」

11/24(火) 6:50
https://news.yahoo.co.jp/articles/7e506bea9a4bba7bb29d372b6ca889f7b0dd0717?page=1


引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1606171284
6 名前:名無しさん@恐縮です:2020/11/24(火) 07:45:21.75 ID:Uuz4YM3P0.net

亡くなる前に言え定期


8 名前:名無しさん@恐縮です:2020/11/24(火) 07:46:31.48 ID:NO+1XZYp0.net

陰険と姑息が人格を持ったら伊原になる


51 名前:名無しさん@恐縮です:2020/11/24(火) 08:38:01.25 ID:5wFyX4220.net

一番の理由はカツノリに飛び膝蹴りくらわせたことだろ?


62 名前:名無しさん@恐縮です:2020/11/24(火) 08:50:22.78 ID:1rbX+gGp0.net

水ダウでノムさんの著書の検証やってたけど言ってることがどんどん変化してるし人間性に問題ありなのはわかる
ただ解説とかはさすがと思う
S1でやってたボヤキ解説まだ見たかった


75 名前:名無しさん@恐縮です:2020/11/24(火) 09:05:07.57 ID:Pk9cr1Fs0.net

春植(しゅんしょく)


86 名前:名無しさん@恐縮です:2020/11/24(火) 09:19:39.74 ID:x/vfksZy0.net

ルンバ事件なついなーwww